2024.316
一般社団法人国際ソーシャルワーク協会代表理事、日本女子大学名誉教授
木村真理子
1.グローバリゼーションと国際ソーシャルワークの背景
グローバリゼーションの現象は加速し世界中に様々な影響を及ぼしている。この現象はグローバルとローカルを接近させ、グローカルということばを生み出し、グローバルノース(地球の北側に位置する先進諸国)とグローバルサウス(地球の南側に位置する発展途上の諸国)の間の関係はさらに複雑化・深刻化している。
地球全体に影響を及ぼす課題は、国連機関と関係諸機関、国際人道組織やNGO、多国籍企業、国際財団、政府機関、国際専門職組織などが解決に意識を集中させ、MDGsとそれに続くSDGsの到達目標の数値を含め、世界の様々なレベルを超えた調整や資源調達、関係機関や多セクターの連携・協働による状況の改善を求めている。これらの課題の多くは人々のウェルビーイングやエンパワメントに関わるソーシャルワークが課題であるとして、国際ソーシャルワーク・社会福祉組織による効果的な介入に対する方策を求める声が拡大している。
国連の場では北と南の間で拡大する格差の解消と状況の改善を求めて時限を定めたミレニアム開発目標に続き(UN, 2015a,b)、現在は持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs,2015, UN, 2019)の取り組みが進められている。これらの領域は、貧困撲滅、飢餓、質の高い教育、健康と福祉、ジェンダーの平等、人や国の不平等の是正、持続可能なコミュニティと環境維持の責任を含む。ソーシャルワークの3つのグローバル組織の間は、グローバルなソーシャルワークに対応する専門職の組織的課題とソーシャルワークが有する知識および多様なレベルを超えて働く技術は、国連が掲げるSDGsの課題に関わる社会問題の解決に対して有効であるとの認識を強めている(IFSW, 2016;Jayasooria, 2016)。
2.ソーシャルワーク国際組織が取り組むグローバルアジェンダと地域の実践
国際ソーシャルワーク・社会開発の3組織は、“グローバルアジェンダ”プロジェクトの目的について以下のように述べている。グローバルアジェンダプロジェクトは、ソーシャルワークという専門職組織による多様なレベルの働きを可視化して、グローバルな課題に対応し、その成果を政府、多国籍企業、NGOなど、関係組織に対して可視化することの重要性を専門職組織が意識し、GAを通じて、地球規模の課題に対するソーシャルワークの貢献を示そうとしている(IFSW,2012, See website for details: https://www.ifsw.org/social-work-action/the-global-agenda/)。グローバルアジェンダは4つの柱で構成される。グローバルアジェンダ第1の柱(2012~2014)は「社会経済的に平等な社会の促進」;第2の柱(2014~2016)は「人間の尊厳と価値の促進」;第3の柱(2016~2018)は「コミュニティと環境の持続性の促進」; 第4の柱(2018~2020)は、「人間関係の強化を促進する」である。プロジェクト推進の方法は、世界の5つの地域で観測所を設け、データを収集する。データとは、ソーシャルワーカーが、社会問題に対して組織的に介入し生み出される変容過程と成果を、質的データとして報告することにより、ソーシャルワークの働きを可視化して、国際コミュニティに対してソーシャルワークの存在意義をアピールすることである。この行動は2020以降も継続している。
グローバル定義が示すとおり、参加、自立、持続性、エンパワメントはソーシャルワーカーがIFSWの政策と活動計画を設計し提供する上で中心をなす理念である(IFSW, 2012)。国際ソーシャルワークの組織が取り組むグローバルアジェンダは、ソーシャルワーカーが共有する理念に基づき、持続可能な社会を目指す社会問題解決と共に、人々の尊厳と社会正義の実現を通して人々をエンパワーすること、コミュニティにおける人間関係の強化の促進という人間固有の価値を保持することを主要な支援の理念と位置付ける(IFSW,2014)。SDGsは各国の政府や国際コミュニティが、こうした課題にコミットする方策を具体的に計画立案し、推進する合意形成と行動を求めている。グローバルな社会問題に対して、国際ソーシャルワーク専門職組織によるGAの取組みと多セクターを超えて訴求性を高めようとする動きは、ソーシャルワークのグローバル定義が示す政治システムに働きかける専門職の役割を行動で示すことでもある。ソーシャルワーク組織には、ソーシャルワークの技術が、社会問題の解決には必要で不可欠であるとの認識がある(Truell & Jones, 2012).
ソーシャルワークの実践過程を通じて、当事者と専門職は、水平な関係を樹立する(ソーシャルワークのグローバル定義、2014)。人々はこの過程を通じて、経験的に生活の変化を目で見て確かめ、エンパワメントを実感する。例えば、コミュニティ開発を通じた幾多の取組みを通じて、家族、女性、子どもたちが、自らの力を実感する機会を増やしている。国際ソーシャルワーク専門職組織が、その構造、組織的取組、そして一連の支援過程からもたらされる成果を、国際コミュニティに可視化することにより、ソーシャルワークが現実に機能する専門職であり社会変革の技術を有しているとして、存在意義を示し、広く国際コミュニティの諸セクターとの協働関係を構築する必要性と説得性をもつに至ることが期待される。
ソーシャルワークを振り返ると、これらの国々や地域における実践のモデルは、ソーシャルワーカーの視点や対応は、予防よりもむしろ直面する問題や発生した問題に対する事後対応やリハビリテーションに集中していることが明らかとなる(Ting and Blyth, 2016; Kruck and Aghabakshi,2016; Palattiyil and Sidhva, 2012; Tan et al., 2007)。先住民のコミュニティの多様な課題、例えば、貧困、メンタルヘルス、教育を含む課題に対応する上で、高等教育へのアクセスに対する機会を保障し、ソーシャルワークの博士号を取得する人々が増加し、ソーシャルワークの分野のリーダーシップと権利擁護を自ら行う人々を輩出している実態も報告されている(IFSW GA Report,”AP Region”,2018)。従来の西欧文化や教育枠組みに加えて、新たな教育枠組みを包含する多様性を許容する教育の仕組みも、ソーシャルワークの定義に位置づけられているところである。
ソーシャルワークの仕事が法的規定に守られて主としてその枠内で遂行される北の国々(グローバルノース)と、ソーシャルワークの役割規定の明確な制度上の位置づけがない国々や地域(グローバルサウス)での社会開発、社会的抗議や啓発活動を含むコミュニティアクション、事後の対応が特徴的であるなど、その性質は異なる。一方で、ソーシャルワーカーの価値と達成目標には共通性も認められる。途上国のそれは、未開発の課題に対する挑戦課題に強く影響を受け、人権や人命を脅かす問題であるストリートチルドレン、人身売買、災害救助、人道支援、食糧不足、気候変動、既存あるいは新生・突発性の伝染病、強制移住や難民危機など、グーバリゼーションの影響を強く印象づける(Dominelli, 2010; Healy, 2008; Kendall, 2008)。
ソーシャルワーク専門職組織は、グローバリゼーションに伴う多くの社会問題は、ソーシャルワーカーがこれまで培ってきたヒューマンサービスに関わるスキルと社会変革を志向する理念をもつ専門手職が介入することにより成果をもたらす可能性が大きいとして、国際社会の理解を得ようとしている。
3.ソーシャルワーカー養成に伴う課題と今後の国際ソーシャルワーカー養成
先進諸国のソーシャルワークの教育と実践の枠組みはいまだに「国の背景と制度の制約を受けている」(Nikku and Pulla, 2014)との指摘がある。多くのソーシャルワークの仕事の実践の方法、実践の場所、教育カリキュラムなどが、国が規程するの制度の枠内でソーシャルワークが機能する設計となっている。一方、この制度の枠を超えて実践を志す人々も近年設定されている。ソーシャルワークは異なる政治文化制度の枠を超えが分野での実践に関心を示す人々もおり、日本においてもこうした状況は例外ではない。
4.国際ソーシャルワークの今後への期待
グローバルとローカルの境界が曖昧となり、国際ソーシャルワークの領域で専門職に求められる課題は、国内制度を中心とした従来のソーシャルワーク教育と人材養成の課題でもある。国際ソーシャルワークとグローバリゼーションの文脈を視野に入れ、Cox とPawar(2013)は、課題と方策を以下のようにまとめている。
・ソーシャルワークと社会開発に対する教育の課題:グローバリゼーションの文脈を踏まえ、ソーシャルワーク教育では、広義の社会構造的貧困、不平等の問題を扱う必要がある。この場面には、強制移住がもたらす課題と葛藤を解決するソーシャルワークが含まれる。社会開発については、複雑かつ緊急な事態に対応する方策について学ぶ必要があり、対応力を培うために、学生はボランティア活動やインターンに参加し直接の経験を積み「リアルな世界のソーシャルワークの問題」に触れることが奨励される。
・「ソーシャルワーク教育カリキュラムの標準化」の課題:ソーシャルワークのカリキュラムは欧米先進諸国の教育枠組みを基本に発展し、自国の法制度に規定されてきた。グローバリゼーションの進展に伴い、実際的な状況理解とグローバルとローカルの接近によるグローカルな課題に対応する教育、実習を通じて、実情とニーズに見合った教育内容へとカリキュラムを変容させてゆく必要がある。
・国際ソーシャルワークの知識と技術をコア科目に統合させる方策や工夫:国際ソーシャルワークに対応できる力量、問題に対する洞察力と実践力を培うことが必要である。同分野の課題に対応する力をそれぞれの国と地域が共有し醸成するために、カリキュラムの整備には緊急性を伴う。
・人権を中心に据えた学問・実践として国際ソーシャルワークを浸透させる重要性と意義::国際ソーシャルワークの中心には、貧困撲滅、不平等の是正を含め、社会正義を促進させる価値観があり、周縁化された個人とコミュニティをエンパワメントするのがソーシャルワークの役割である。この価値観に基づき、社会正義を中心に据え、人権を守る国際ソーシャルワークの教育をコアカリキュラムに位置づけるべきである(Healy, 2008; IFSW, 2017)。
・国際ソーシャルワーク分野での集団的行動とソーシャルアクションの必要性:これまでの西欧および先進諸国のソーシャルワークの実践とソーシャルワーク教育カリキュラムの内容は自国の法制度の枠内での実践に留まっており、グローバルな挑戦課題に対応が追い付いていない。貧困問題、気候変動、災害マネジメント、強制移動や強制移住などの課題に対しては集団的・組織的介入とソーシャルアクションが求められる。こうした観点はソーシャルワークの定義に照らして、改革を求められる教育の課題でもあろう。
・グローバルアジェンダと国際ソーシャルワーク教育カリキュラムの適合性の課題:国際ソーシャルワーク・教育・社会福祉の3組織はソーシャルワークのグローバルアジェンダを国際コミュニティに発信する行動に合意している。今後グローバルアジェンダが訴求性を高めると同時に、国際ソーシャルワークが求める人材に対応する教育カリキュラムの充実を実現させその範を示す必要がある。これは、グローバルな課題のみならず、ローカルな課題でもある。(Palattiyil, et al, 2019, 1049-1050)。
筆者は、IFAP地域会長を4年間(2014-2018)務めた。また2010から現在までIFAP地域とIFSWグローバル組織の理事として働いた経験をふまえてAP地域の専門職組織課題についても言及したい。グローバルリーダーシップは、全世界を見渡して、まんべんなく課題を取り上げて対応するにはあまりに広い。広いがゆえに、IFSWは、優先を、最も発展途上で深刻な社会問題を抱える地域に絞り、地域の組織化とキャパシティビルディングを目指している。また、専門職組織が集団として行動することの意義は、社会問題への対応もさることながら、専門職組織としてソーシャルワーカーが集団としての力量を発揮する上で、特に途上国での活動における意義が大きい。一定程度の活動蓄積と人材を有するAP地域は、今後も地域組織の強化を目指すAP地域活動がグローバリゼーションの課題に対応する上で、有効性を発揮する。
・AP地域組織間の連携強化に向けた開発とキャパシティビルディングを目指すプロジェクト通じて地域組織の関係強化を図る取り組みが必要である。アジア太平洋地域の特色は、東アジア、東南アジアは、地理的接近性もありASEAN諸国は政府の支援のもと、ソーシャルワークコンソーシアム(Social Work Consortium:ASWC)を形成し、教育環境整備と実践のスキルアップ両面での協力を促進している。ASEANには、ソーシャルワーク教育機関と専門職組織が発展途上にある国も含まれる。日本の専門職組織(JFSW)を含め、AP加盟国が相互に連携力を高め、IFAP地域ソーシャルワーク組織としての意識を強化すること、専門職組織の存在意義をAP地域加盟国に普及させることは重要である。
・開発と環境問題への対応:地球環境に対する意識化と教育の関わりについては、オーストラリアの教育組織と専門職組織の積極的なネットワーク化や教育カリキュラムへの応用がGAで報告されている。南アジア、中国、南太平洋諸国の環境問題を含め、AP地域の専門職組織間での連携とソーシャルアクションの意義をさらに追及する必要がある。
・先住民とソーシャルワーク:NZとオーストラリアの先住民の教育機関の整備と専門職による働きかけにより、博士課程での先住民のリーダーが養成されている。教育があらゆる生活に及ぼす影響は多大であり、今後、AP地域諸国の部族に対しても、専門職の組織的介入方法の伝達は有益であろう。NZとオーストラリアの例や範は、グローバルな波及効果が期待される。
・英語をコミュニケーション言語としない旧ソビエト連邦諸国の課題:英語をコミュニケーション言語としない中央アジアの国々への関わりとコミュニケーションを促進させる必要がある。ソーシャルワークのモデルや専門職の研修を含め、地域組織が協力できる可能性の模索が求められる。
・広い地理的広がりのあるAP地域では、東と西、北と南の地方の間での相互理解やソーシャルワーク教育の内容や技術の文化的適合性に対する理解を深める必要がある。
・中東の国々へ専門職組織の創設やIFAPと関わりをこれまで以上に促進させる必要がある。
・太平洋地域の島々はAP地域に属するが、経済的要因を含め、専門職組織への関わりが安定していない。今後、AP地域の活動を通じて、太平洋地域の島々との関係強化や研修の充実などを通じて、関係の深化をはかる必要がある。
以上、AP地域の組織化の課題について述べた。ソーシャルワークの国際組織はソーシャルワークのグローバル定義を採択し、人権と社会正義と平等を人間固有の基本的な価値として信奉し、社会変革の促進を通じて人々のエンパワメントを実現する点で合意している。こうした理念を受け入れることがソーシャルワーカーの存在意義を確認することともなる。ソーシャルワーク組織は、グローバリゼーションの進展に伴う社会問題に対応するうえで、国際社会の多セクターとのさらなる連携の強化は必須である。持続的開発目標の実現に向けたソーシャルワークの実質的な貢献の可能性については、組織の活動成果を具体的な事例を通して示し、他のセクターによる理解と支援を得ることにより、さらなるソーシャルワークの目標の実現にむけて前進することが可能となる。その前提には、ソーシャルワーカー自身が国際ソーシャルワークの実態に対応する教育の在り方を変革し、現状に対応できるスキルと力量を育むことは急務の課題である。
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